ゲイリー助川エッセイ集

気まぐれにエッセイを書き綴ります♪

あいうえおエッセイ 「け」―競馬

 競馬というのを本格的にやり出したのは大学生の頃で、それまではレースをテレビでチョロチョロ観るくらいだった。

 大学生になって、入った当初は一応クラスがあったわけだが、そこに出会わせたメンバーが、パチンコ好きから競馬好き、麻雀好きが集まった「バクチの巣窟」みたいなクラスで、そんな環境だったから僕がそれらにハマるのも時間の問題だった。しかも僕の大学は京阪本線沿いにあったので定期券を使って京都競馬場に行けた。ある意味「最高の環境」だったわけである。

 金曜日ともなると下宿している友人宅で徹夜で麻雀に明け暮れるわけで、そこでは日曜日に行われるG1レースについて話し合われる。麻雀しながら競馬の話をするわけだ。頭で相手を騙しあいながら、口は本音を語り合うわけで、なんともせわしない話である。そこで、自分が推している馬について「そいつだけは絶対に来ない」などと言われるとムッとしたりする。その「ムッ」となってしまったのが影響してか、麻雀も振り込み倒したりして箱テンになって、さらに「ムッ」としてしまうものだ。

 よく競馬の予想番組とかで、相手の推している馬を批判したりするが、あれは演出も含めてのこともあって、10人が10人とも同じ馬を推してしまったらつまらないことこの上ない。だからあれはあれで、より競馬を盛り上げるためには必要な演出なんだろうと思う。

 問題は番組でも何でもない、先の麻雀でのやり取りのような、単なるプライベートでの競馬の論争である。そこには演出も何も必要がないわけで、ここでまず論争が起こること自体がおかしい。競馬というのは18頭出走したら18頭に勝つチャンスがある。それを証拠に最低人気の馬が勝って大騒ぎしたレースなんていくらでもあるのだ。なので、人がある馬を推すことについて批判するのはチャンチャラおかしいのであって、批判した人間が推す馬も来るかどうかなんてわからないのだ。結局蓋を開けてみればお互い全く眼中にない馬が飛んできて、馬券も、批判して言い合いになった時間も飛んでしまったなんてよくある話だ。

 だから、10人いれば10人の考えがあって、その意見も参考にしながら、各々がソワソワ、ドキドキして当日のレースを心待ちにしていればいいのである。

 僕も今はテレビで中継を観るくらいで新聞を買って予想するようなこともなくなった。競馬好きの方々は毎週土日にやってくるイベントに向けて毎週ワクワク、ドキドキできるのだろう。それはそれで羨ましい話だ。僕もチャンスがあれば競馬場かウインズで馬券を買ってドキドキできたらと思う。その時、もしベロンベロンになってる僕を見たら完全にハズレた時だと思うのでそっとしておいてほしい。