ゲイリー助川エッセイ集

気まぐれにエッセイを書き綴ります♪

あいうえおエッセイ 「さ」―サンタクロース<後編>

 僕は小さい頃からプロレスファンで、マスクマンのレスラーを数多く見てきたわけだが、小学生にもなれば、そのマスクの下には素顔のレスラーがいることくらいは想像できた。「おかあさんといっしょ」のガチャピンにしても、ミッキーマウスにしても、中に誰かが入っていることはなんとなくわかっていた。

 ところが、不思議なことにサンタクロースについては中に誰かが入っているとは全く疑わなかったんである。そして純粋で素直で真水のごとくキレイな心の持ち主だった僕は、疑いなくそのまま中学生となっていったわけだ。

 そしてそれは突如としておとずれた。

中学一年生のある日、数学の授業で担当の田中先生が

「サンタクロースなんていない」という話をしだした。どういういきさつでそういう話になったかは覚えていない。

「大体そんなん現実的に考えて一軒一軒夜に廻ってプレゼントを置いていくわけがない。サンタクロースはなぁ・・・お父さんお母さんや」

 これを聞いた瞬間、一人の女の子が声をあげて泣き出した。

「嘘や嘘や、そんなわけがない」そう言って顔を突っ伏しながら泣きじゃくりはじめたのである。それを見た周りの男子生徒は

「えーーー!そんなんも知らんかったんか?ありえへんぞ」やら「お前気づくん遅いって!」

などと騒ぎだした。先生も生徒は皆中学生なので、もうこんなことくらいはわかっているだろうと見込んで話をしたに違いない。ところがこの女の子はわかっていなかったのだ。

 そしてもう一人、他の男子生徒に便乗して女の子を蔑むように騒いでいた一人の男子生徒も実はわかっていなかったのだ。僕である。「なんで知らんねん」などと女の子に言い放っていながらも、僕の顔は教室にいた誰よりも真っ青になっていたにちがいない。

「そんなアホな、、、サンタクロースが親なんて、、、そんなアホな」

 僕はその時、保育園に来たサンタクロースであったり、家に来たサンタクロースのことを思い返していた。じゃああれは誰だったんだ。サンタクロースというのは本当にいて、夜になれば枕元にプレゼントを置いてくれる。それも日頃、子供が何が欲しいかをちゃんと調べていてクリスマスに持ってきてくれる。そんな幼少から信じてきた観念がもろくも崩れ去ったのである。かくして僕は、長年思い続けていたものが子供からの夢が崩れることの辛さをここで思い知ることになったわけだ。

 そういったかわいそうな事件があったので、中学生時の成績が悪かった理由としては「サンタクロースの正体が明かされたから」ということにしている。

じゃあ高校の成績が悪かったのは?大学受験で2回失敗したのは?社会人になって失敗してきたことは?これらについても「サンタクロースの正体が明かされたことが引きずって・・・」こんなことばかり書いていたらフィンランドから本物のサンタクロースが来て、お叱りのプレゼントをいただくことになるに違いない。

 純粋で素直で真水のごとく清らかな僕の心は、年数を重ねて今や濁って底が見えなくなってしまった。それは長く生きている中ではいろんな考えや思いが他から入ってくるわけであって、でもじゃあ誰が心を濁すのかを考えると結局は自分自身である。そして、昔のように透明感の多い清水に戻すことはなかなか難しいけれど、今よりも少しずつ濁りを減らしていくことはできるかもしれない。そしてそれができるのもこれまた自分自身なわけだ。人生の後半戦はそういった作業になっていくと思う。